こちらはかつて「西の横綱」と称された岡山の老舗です。
全国的に江戸前鮨店が増えた今、「西の」かどうかは個人の判断に拠るかと思いますが、この度訪問して、岡山を代表する名店である事は間違い無いと感じました。
建物は重厚な日本家屋で、一見すると鮨店と言うよりも料亭に近い。
店内は渋くひなびた雰囲気があり、昭和初期の風情を残しております。
しかし、そのような年季の入った建物でありながら、空気は極めて清浄。
淀んだにおいが一切無く、スーッと気持ちの良い鮨の香りが漂っております。
着席し、頭を上げるとこれまた年季の入った種札が掲げられております。
お好みで頂く事も可能なのでしょうが、東京から訪問した旨をお伝えし、岡山らしい酒肴を少しと、握り中心でお任せで出して頂くようお願いしました。
こちらの握りは、ほとんどが瀬戸内の地の魚を用いておられます。
18貫頂きましたが、蛤、鮪、いくら、アカムツだけが恐らく他の海のもの。
地方のタネが好きな人には、堪らない鮨店だと思います。
そして、漬ける、〆る、煮ると言った江戸前仕事が高い位置で安定しており、それと同時にオリジナリティが光るタネもある。
鯵や穴子はこちらでしか頂けない、非常に独創的かつ美味な握りでした。
シャリの温度はやや低いが、粘度が弱いので、綺麗にほどけます。
温度については東京の老舗も同様なので特に気にならず。
大きさは割と小ぶりで、軽やかな印象です。
現在のご主人・山本寛さんは三代目で、先代の女性職人・山本洋子さんはフロア、調理のサポートを行っておられます。
包丁を握られた時の面持ちに在りし頃の職人気質を感じ、キリッと背筋を正す思い。
ご主人はシャリを捨てること無く精確に握られており、手数は大体5〜6手と少ない。
非常に安定感のある握りです。
先代との隠れた二人三脚も奏功しており、家族経営の暖かさのみならず、一子相伝の確かなる技を感じさせてくれるお店だと思いました。
頂いた酒肴、握りは下記の通りです。
アミの沖漬け
アミを沖漬けにするとは珍しい。
気の利いた一品でスタート。
日本酒の甘みが引き立つ味わいです。
暑い日でしたが、一杯目から日本酒にして正解でした!
鱧
皮がやや硬いものの、旨味は非常に強く、初夏の瀬戸内の恵みに頬をほころばす。
また、定番の梅肉餡は梅の主張が少なく、嫌みが無いところが嬉しかった。
鮨店で強めの梅肉餡を出されると冒頭から悲しい気持ちになるので…
(塩気と酸味が強すぎて、ストーリー上よろしくないと考えております)
アコウ
瀬戸内が誇る高級白身魚のアコウ。標準和名はキジハタ。
甘みが非常に強く、微かな酸味が爽やかで、固有の香りが心地良い。
中国料理では清蒸(チンジョン)にしてゼラチン質の旨味を引き出すが、香りを楽しむならばお造りに軍配が上がる。
夏に瀬戸内を訪問する魅力の一つは、白身魚。
ちなみに、付け合わせの調味料は生姜を始めとした薬味と酢、醤油を合わせたもの(恐らく)。
僕は白身魚は大体そのまま頂きますが、この自家製調味料は薬味の香ばしさが柔らかくて良い。
烏賊の耳と蛸
烏賊の耳は歯切れが良く、蛸はしっとりほどけて甘みと香りが身に沁みる。
ママカリの焼き物
ついつい、わお!と言ってしまいそうな珍しい一品。
酢で〆たママカリ(サッパ)を炭火で焼いて提供。
こんがりと焼いていながら口に強い風味を残さないのは、〆の仕事が奏功している証。
ちなみに、「ママカリ」とは、あまりにも美味しくてご飯が無くなり、隣の家にまま(飯)を借りに行くほど…と言うコミカルな比喩に由来する。
実際、関東ではサッパは下魚とみなされ、水分が多いため釣りでもリリースの対象となるが、岡山で頂くと全然異なり美味しいところが興味深い。
土地に根ざした調理法は土地の魚を愛で活かす。
テナガダコの煮もの
水深200〜400mに生息し底引き網で獲られる、名前通り手(足)の長い蛸。
真蛸に比べると旨味や香りが弱い蛸であるが、仕事によって精細を与えている。
身は柔らかく、外側がとろりとするような火入れ。
ガリ
結構甘みがありつつも、辛味とシャキシャキ感が有るため、粋な印象。
西のガリは甘みがベッタリしている事が多いが、このようなガリは嬉しい。
真鯛
地方のお店で酒肴が美味しいと、一貫目が少し不安になるものの、頂いてみてガッツポーズ。
甘みがしっかりと存在し、歯応えも十分。
お造りのアコウと共に夏の瀬戸内に乾杯。
鱚
〆てあるのに鱚自体の甘みが引き出されており、旨い。
蛤
ご主人より、こればかりは瀬戸内産ではなく三重県産です…と謙虚なコメント。
むしろ、外国産が跋扈する中、ありがたいところ。
蛤の火入れは強すぎず、煮ツメは旨味がしっかりある古典的な仕事。
酢橘を用いても嫌み無い範囲。
しかし、白身、〆もの、煮ものとは、実に個性的な構成です。
海胆軍艦
愛媛県今治の赤海胆(バフン海胆)。
ミョウバンの収斂味は皆無で、塩水パックの海胆と思われる。
個人的に、今治の海胆は瀬戸内でも淡路の海胆と並んで着目している。
甘みが強く、同時に独特の香りを楽しめる。
北海道のエゾバフン海胆に比べてキリッと抜けるような香りか。
量が少ないので、断言するのは現時点で早計かも知れないが。
ママカリ
恐らく甘酢で〆ているところが面白い。
〆加減はしっとり。
サッパ特有の香りを嫌味なく提示し、旨味を凝縮する事に成功している。
酒肴の焼きものとは全く異なる味わいで、両方頂けて良かったと痛感。
車海老
使用しているモノの質もさる事ながら、火入れが良い。
車海老の甘みと香りを引き出しており、食感もシャクシャクじゅわっと軽妙。
鮪中トロ
ここで鮪の中トロとは、またしても面白いストーリー展開。
かなり珍しいタネの構成です。
ハリイカ
標準和名はコウイカ、即ち江戸前鮨で言うところの墨烏賊。
夏の瀬戸内で墨を頂けるとは、何たる僥倖。
パツッとした食感はシャリに合い、時期故か餌故かねっとりした感もある。
酢橘を二滴ほど垂らしているが、邪魔にならない。
柑橘が豊富な瀬戸内の鮨店では、柑橘使いにセンスが現れる。
余談となるが、柑橘を多用する個性的なお店で、淡路島に亙(ノブ)と言うお店もある。
海老の潮汁
鯵
見た目に驚いたが、頂いて味にも驚嘆、感銘。
超旨い(笑)
鯵の旨味と甘みが桁外れに強く、鮪の大トロのように脂が乗っているが、上品な脂質なので口当たりや喉を過ぎた後の余韻が極めて爽快。
口腔に、残響音のように旨味が残る。
軽く〆ているようで、その仕事が脂の旨味をベストの状態で楽しませてくれる。
鮪赤身
下駄と保護色になっており、写真をミスり恐縮です(笑)
漬けの塩梅は良好。
トリ貝
地もののトリ貝。噛み締めるや否や甘みが横溢し、貝類特有の香りは柔らか。
銀座わたなべさんクラスの生に近い火入れで頂いてみたくなる。
(あのような火入れをされているお店は少ないので)
針魚
魚体は小さいものの、中々の旨味。
アカムツ
通称、喉黒。
日本海のものとの事だったので…島根か?
軽く炙っており、この加減が実に良い。
ほんの軽やかな炙り。
それで脂を引き出しておられ、上品な中に強い個性を宿す。
どこまで強く炙り、どこまで燻香を付けるかどうかは、センス次第。
いくら軍艦
今の時期のしかも瀬戸内で頂くいくらなので、贅沢は言えない。
いくらに旬があり、しかも極めて短い事を知らない方は多い。
鰹
爽やかな酸味が持ち味で、皮目をカリッと炙っておられる。
春子
一見すると真鯛な春子。
酢を利かせ〆ておられ、春子の甘みを活かす良い仕事。
鮑
生だが素晴らしい歯切れ。
そして、香りもしっかり楽しめ、甘みと旨味も芳醇。
穴子
鯵に続いてこれまた個性的なフォルム。
頂くと香りと旨味が瞬時に伝わり、鮮烈な印象を与える。
これは瀬戸内にゆかりの有る人間には堪らない一貫。
玉子
目の前で焼かれる家庭的な玉子焼き。
江戸前の「カステラ」とは対極にあるが、ホッと安らぐ味わい。
とろんとした食感は優しく、個性的なストーリーを穏やかに着陸させる。
胡瓜巻
先代自ら巻いてくださりました。
胡瓜1本(の半分)を使った素朴な巻物。
しかし、18貫頂いた後のフィナーレとしては清々しい。
たっぷり頂き、個々の完成度が高いのに、過剰な満腹感を与えないのは素晴らしい。
瀬戸内の素材を用いた個性的な握りを余すところ無く頂いて、お会計は16,000円ほど(日本酒は2合)。
頼み方にも因りますが、15,000円〜20,000円で頂ける内容としては、非常にCPに優れております。
しかも、10年前から殆ど価格を改定されていないと思われる。
お店の外観も相まって過剰に高額だと思われがちなお店かもしれませんが、決してそんな事はありませんでした。
岡山市内で地ものの魚を食べたいという方は訪問されて損は無いでしょう。
店名:魚正(うおしょう)
シャリの特徴:穏やかな味わいでほどけ加減は良好。
予算の目安:14,000円〜20,000円
最寄駅:大雲寺前駅から150m
TEL:086-222-3505
住所:岡山県岡山市北区中央町7-5
営業時間:昼12:00~(最終入店13時)、夜17:00~(最終入店20:30)
定休日:日曜、祝日
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