沖縄の意外な場所に、全国から食通を集める名店があります。
那覇ではなく中頭郡北中城村に在り、得意とする食材はイラブー(海ヘビ)。
立地と食材だけ見ると物好きしか行かないように思われるかもしれませんが、実際には食通が通い、比類ない【イラブー汁】に舌鼓を打っています。
イラブー(海ヘビ)は、圧倒的多数の人にとって食べたことが無い食材でしょう。
あるいは食べたことはあるものの、あまり良い記憶が無いか。
カナはそう言った人ですら魅了してしまうお店です。
僕は相当前から伺いたかったものの、ランチ営業が無くなり、営業日が金曜・土曜の夜のみになってしまったため、中々伺えずにいました。
予約満了で伺えなかった事や、臨時休業で伺えなかった事もあります。
すしログ
個人的に、日本が誇る名郷土料理店の一つだと思います。
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イラブー料理カナの立地と雰囲気
前述の通り立地は意外性抜群で、お店のそばには高速道路が走り、民家が決して多くは無い北中城村の一角にあります。
お店の存在を知らなければ観光客も沖縄県民も、この場所に立ち寄る事は無いでしょう。
お店の前の道路は細く、まさに隠れた名店(下記写真の左下、お店は坂の上です)。
しかし、立地こそ隠れていますが、食通には名前が知られていて、営業日は満席が続いています。
お店に入り、靴を脱いで上がると、いきなり左手に謎の黒い棒状の物体が出迎えてくれます。
これこそがイラブーとなり、燻製されているためくすんだ黒色で、黒光りしています。
干すだけでく燻製を掛けることで、保存性が高まり、酸化せず、カビも防ぐことができます。
お店の内装は家庭的で、テーブル席と座敷があります。
座敷が苦手な方は、予約のお電話でお伝えすると良いかと思います。
カナの魅力
カナの最大の魅力を語るのは簡単です。
それはひとえに、お店のご主人である我謝藤子(がじゃ ふじこ)さんなので。
現在(2020年)86歳となる我謝藤子さんは1981年の創業以来、圧倒的な情熱を持ってお客さんをもてなされています。
現在は娘さんの我謝いずみさんがサポートされていますが、昔のお話を聞くと「壮絶」の一言でした。
藤子さんは夜遅くの営業が終わるや否やイラブーの仕込みに着手し、睡眠時間を削って料理をされていたそうです。
睡眠は厨房にシートを敷いて寝るだけ。
あまりにもハードワークなので、いずみさんは小学生の頃から手伝いながら「自分には絶対に無理だ」と感じていたそうです。
カナのイラブーの下ごしらえは想像以上に手が掛かるのです。
僕も話を聞いて驚きましたが、煤を取るのに40分、骨を取るのに1時間、鍋につきっきりで灰汁を取りながら炊くこと10数時間…
更にブレンド出汁である豚肉と昆布も別々に炊いているそうなので、【イラブー汁】と言うざっくばらんな料理名に反して多大な労力と情熱が掛けられた料理になります。
藤子さんは現在86歳…と言うことは、お店を始められた1981年には47歳。
壮年期後期から老境に入る時期にハードなイラブー料理を作り始められたと考えると、藤子さんの人生が凝縮された御料理がカナの【イラブー汁】だと言えるでしょう。
イラブーって美味しいの?カナのイラブー料理の凄さ
イラブー自体は難しい食材なので、味はお店次第だと言えます。
旨味を引き出すのは、下ごしらえ、調理、調味次第だと、頂いて感じました。
なので、「イラブーって美味しいの?」と言う切り口よりも、「カナのイラブー料理の凄さ」についてお話したいと思います。
「イラブーって美味しいの?」に対する答えは、「美味しい!」とお答えします!
さて、前述の通り、イラブーの下ごしらえは多大な手間が掛かります。
にもかかわらず、カナさんは更に2種類のイラブーを併用し、別々の洗い方(煤取り)を行っていると言うので凄い。
煤を取った後は巨大なカッターで10cmほどに切って、そこから骨を取るために炊いていくそうです。
30分ほど煮てから骨を取り除くそうですが、カナの【イラブー汁】は骨が全く当たらない点に驚嘆を覚えます。
骨を取った後は最も時間が掛かる煮込みに入ります。
アクを取りながら16時間ほど煮込むそうで、部屋中がイラブーの香りになり、匂いが染みつくそうです。
実は、僕は牧志の市場でイラブーを購入したので、事細かくお尋ねした次第です。
…が、お話を聞いて自宅で再現するのはほぼ不可能だと悟りました。
カナのイラブー料理の美味しさの秘訣
我謝藤子(がじゃ ふじこ)さんは独自の出汁のブレンドを編み出されました。
丁寧な下ごしらえと煮込みに加えて、出汁を絶妙な比率でブレンドしている点も、カナの【イラブー汁】の美味しさの秘訣です。
イラブーに豚肉(三枚肉)、昆布、鰹節の出汁を合わせるのですが、特に「イラブー・豚・昆布」の比率が大切で、塩梅次第で味が大きく変わってしまうとのことでした。
さらに「イラブー・豚・昆布」の出汁と、「豚・鰹節・テビチ(豚足)」の出汁を合わせることで、他店では真似できない濃密でありながらクセが無い上質なスープが完成します。
旨味の集合体であるばかりでなく、健康に良いとされる点も魅力。
滋養強壮、発汗作用、血液浄化作用があるため、まさに沖縄料理で言う「ぬちぐすい(命の薬)」。
それを求めて訪問しているおじい、おばあの姿もありました。
自分自身、頂いた後に手指の先まで温かくなり、特に9月に大手術を行った指の冷えが無くなったのには驚きました。
実は、ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、カナはある時期休業されていました。
我謝藤子さんの体調不良が理由で、もしかすると「伝説の店」となっていたかもしれません。
しかし、アメリカに嫁いでおられた2015年に我謝いずみさんが帰国し、アメリカ人の旦那さんとともにサポートに入ることで復活を遂げたのです。
お母様のイラブー料理作りが過酷だと知っているのに継いでくださったいずみさんに、心からの感謝を覚えます。
訪問とともに色々とお話をしてくださり、美味しく、楽しい時間を過ごさせて頂きました。
最後にお顔を出して頂いた我謝藤子おばぁも僕たちの訪問を心から喜んで頂き、御料理の効能以上に元気を頂きました。
【イラブー汁】以外の御料理も格別!
また、イラブーのインパクトが絶大なので、そちらばかりがフィーチャーされがちですが、他の御料理もハイレヴェルです。
素朴な沖縄の郷土料理が中心なので見た目こそ地味ですが、調理に細やかな配慮のある御料理で、味覚のバランスも取れています。
これは沖縄料理(特に琉球宮廷料理や古い郷土料理を)食べ混んでいる方や、腕の立つ料理人の方が御料理の凄味が分かるかもしれません。
特に【ジーマーミ豆腐】、【豆腐餻(とうふよう)】、【フーチバージューシー】は素晴らしい味わいです。看板料理だけでなく、お店の味がある点において、リピーターのお客さんも多いのでしょう。
メニュー構成と【イラブー汁付きカナ定食(フルコース)】の詳細
カナのメニューは3つあります。
メニュー構成
イラブー汁定食4,000円、カナ定食4,800円、イラブー汁付きカナ定食(フルコース)6,300円。
内容の違いは、下記の通りです。
- イラブー汁定食:イラブー汁、ウカライリチー、ジーマーミ豆腐、スヌイ、フーチバージューシー、漬物
- カナ定食:【イラブー汁定食】-イラブー汁+イラブーシンジ、豆腐餻(とうふよう)、ンジャナバーのスーネー、クーブイリチー、ドゥル天、ラフテー、イナムドゥチ、デザート
- イラブー汁付きカナ定食:【カナ定食】+イラブー汁
【イラブー汁付きカナ定食】はかなりのボリュームです。
しかし、頻繁に訪問出来ないならば、個人的には一択です(笑)
ただ、女性の方はボリュームに圧倒されはずなので、男性と訪問するならば、事前に転送する約束を取り付けておいた方が良いと思います。
さらに、【珍味☆イラブーの卵の燻製】も頂きました。
なにせ新作で数量限定の貴重品との事なので、食いしん坊としては外せません(笑)
小が1,000円、大が1,500円で、頂いたのは小です。
イラブーシンジ、ウカライリチー、ジーマーミ豆腐、スヌイ、豆腐餻(とうふよう)
【イラブーシンジ(煎汁)】はイラブー汁のスープ部分で、具が無い分、シンプルに旨味や香りを楽しめる。
鰹出汁が強いのでは?と思う人も多いだろうが、イラブーの出汁は鰹節に似ている為だろう。
それでいて旨味の部分が強く、鰹出汁を濃縮還元したような出汁なので、自ら出汁を引いている方ならば凄さを痛感するのは間違い無い。
とにかく濃密な出汁で、冒頭から驚いた。
【豆腐餻(とうふよう)】は紅麹とともに半年間熟成させたもの。
香りが強いく、熟成された香りと泡盛の香りが混ざり、沖縄情緒を大変感じる。
香りと濃厚なコクが持ち味で、苦味やクセは全く無い豆腐餻(とうふよう)である。
【ジーマーミ豆腐】はもの凄くねっちりした口当たり!
サツマイモでん粉による弾力と、落花生の強い香りが抜群。
落花生の自然な甘みが舌を喜ばせてくれる。
【ウカライリチー】はおからと人参、ニラ、もやし、豚三枚肉、白胡麻を炒め和えたもの。
おからの優しい甘みと香りに少量のニラの香りがアクセントととなり、もやしの食感がリズムを生み出す。
ニラももやしも使用量が素晴らしい。
質素な食材で完成度の高い味覚に仕上げている。
【スヌイ】は漢字で表記すると「酢(ス)】+「海苔(ヌイ)」であるが、「海苔(ヌイ)」はノリではなくモズク(オキナワモズク、もしくはフトモズク)。
モズクは琉球の時代より薬膳食として珍重されてきたが、実際にフコイダンが豊富なので、健康に良い事は証明されている。
余談となるが、フコイダンは海藻の中でも褐藻類にのみ含まれる成分で、抗がん作用や抗アレルギー作用、血液凝固阻止作用などが報告されている。
エビデンス:九州大学大学院、細胞制御工学教室
【クーブイリチー】は昆布を比較的太目に切っているが、柔らかく炊く仕様。
蒲鉾、豚三枚肉と炒めている。
【ンジャナバーのスーネー】は、ニガナ(ンジャナとも)の白和え。
お酢を利かせ胡麻も用いて、ある種乳化のような妙がある。
面白いところではツナを使用している点。
ニガナの苦味が軽く残る感じがが良い。
苦味で爽やかさを感じさせてくれるのは、島野菜の魅力。
【ドゥル天】は【どぅるわかしー】を揚げたもので、コロッケ的な魅力がある。
【どぅるわかしー】は田芋(たーむ)の芋茎を煮ながら筋を取り除きドロドロに溶かし、田芋(たーむ)、椎茸、蒲鉾、三枚肉と練ったもの。
琉球宮廷料理でも琉球郷土料理でも定番中の定番の料理で、人・お店によって味が大きく異なる面白い料理だ。
カナさんのものは豚肉に加えて椎茸の旨味がしっかり。
中身は柔らかくしっとり、衣はカリカリ、サクサクと香ばしい。
ご対面!【イラブー汁】
本当に素晴らしい味わいで、一口目から感動した。
素晴らしい出汁料理!
お店の方のご説明通り汁(スープ)こそが真骨頂であるものの、「出汁がら」となったイラブー部分も魅力的な味わい。
多くの場合、臭みがあったり食感が悪かったり骨が当たったりするイラブーであるが、カナさんのイラブーは「具」として頂ける。
皮はコリッと身をよじらせ、プチプチと切れる。
身はしっとりホロホロで、香り(スモーキーフレーバー)が強い。
テビチ(豚足)のゼラチン質がたっぷり溶け込んでいるので、イラブーに彩を与える。
柔らかく臭みの無いテビチや昆布も本当に丁寧な調理。
他のあらゆる料理に無い味わいを有する料理であり、珠玉の郷土料理である。
実に沖縄らしい味わいだ。
これからお食事です。
これで定食1食分になりそうなボリューム。
ラフテー
ここまででお腹がかなり満たされているが、容赦なく厚みのあるラフテー。
みっしりした身質で、ホロホロとほどける。
脂っぽくない。
生のゴーヤーが清涼感があり良い付け合わせ。
フーチバージューシー
フーチバーの香りが実に爽快!
ジューシーは別腹だと実感し、無心で頂いてしまうほど美味しい。
硬め炊き上げ、豚の脂をまとったお米たちはそれだけでも美味しいが、【イラブー汁】と合わせると無双である。
ジューシー自体、鰹出汁を利かせる炊き込みご飯なので、鰹出汁の濃厚バージョンである【イラブー汁】との相性は言わずもがなに抜群だ。
沖縄の(外食で頂ける)ジューシーの中ではトップクラスの味わいである。
イナムドゥチ
白味噌仕立ての椀。
具は豚肉、蒲鉾、椎茸、こんにゃくと大変沖縄らしい。
甘みのある白味噌が和ませてくれる。
漬物は大根の牛乳漬けとユニーク。
牛乳の臭みは無く、べったら漬けのような甘みのある漬物。
激レアな逸品!イラブー卵の燻製
生のイラブーから卵を選別し、特製のタレに漬けてから燻製を掛けているそう。
カラスミのようなねっちり感があるが、ホロッ、パラッとほどける、新感覚の食感。
そして、面白い食感だなあと思っていると、燻製の燻香だけでなく卵の独特の香りもあり、これが中々ハマる。
香りは味覚以上に未体験だと違和感を抱くものだが、慣れてくると個性として楽しめるもの。
日本広しといえども滅多に頂けないであろう珍味。
イラブーの生卵で、しかも良質なものは中々入手できないそうなので、ご関心のある方は予約時に尋ねると良いかと。
デザート
庭で採れたばんしる(グァバ)のゼリー。
香り良く美味しい。
イラブー料理カナのお店情報と予約方法
予約はお電話のみです。
しかし、公式WEBサイトに営業予定日と予約状況を公開されていますので、ユーザーフレンドリー。
何気に有名人気店でも公開されていないお店の方が多いですもんね。
WEBサイトを見て、訪問予定日とメニューを決めてから、お電話しましょう。
予約時間は18:00以降可能ですが、最終入店は19:30なので、ご注意ください。
そして、訪問前にSMSで確認のご連絡を頂けますので、きっちり返しましょう!
訪問時、車でお店の前に到達するのはほぼ全ての方が不可能だと思います。
ナビで近付いたら、車を停車してお電話するのが得策です。
なお、お会計にクレジットカードは利用できませんので、現金を用意しましょう。
店名:イラブー料理カナ
予算の目安:
TEL:098-930-3792
住所:沖縄県中頭郡北中城村字屋宜原515-5
最寄駅:なし
営業時間:18:00~22:00
定休日:日曜、月曜、火曜、水曜、木曜
※金曜・土曜夜のみ営業の完全予約制です
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