こちらは徳島県の山奥にあって、全国から食通を惹きつけるお店です。
ご主人の岩本光治氏は、京都の吉兆嵐山本店で、吉兆の創始者である湯木貞一氏の下で修業されたと言う方。
湯木貞一氏は料理界の重鎮中の重鎮で、『吉兆味ばなし』や『吉兆料理花伝』などの名著を残しておられます。
ただ、直接薫陶を受けた料理人で生存されている方は少なく、岩本氏は原初の吉兆の味と技を継がれている稀有な方です。
厳密に言うと岩本氏は吉兆嵐山本店の焼き方を担当されていたようですが、この度、料理を頂き、卓越した日本料理のセンスを感じさせて頂きました。
一言で言うと、「味わい淡にして、印象鮮烈」。
料理は華美でなく、王道を行く食材で構成されておりますが、頂くと腑に落ち、感銘へと導く日本料理です。
ご主人は京都での修業後、都会ではなく故郷の佐那河内村でお店を開業。
山間のお店には、都市には決して無い魅力があります。
特に、訪問した時期は夏であったため、翳りゆく陽光に滲むひぐらしの声が、昼間の熱さと都会の喧騒を忘れさせてくれた。
味が空間を作り空間が味に深みを与える。
ただそこにいるだけで心が洗われるような空間に、ご主人の穏やかながらに心に訴えかけてくる料理は良く映えます。
頂く事で心が浄化される料理は非常に珍しいです。
タップできる目次
料理は極めて順当な会席料理の流れを採っています。
- 【先付】蒸し鮑
- 【前菜】鱧寿司、鱧の子のゼリー、ジャガイモ胡麻和え
- 【椀もの】鱧の椀
- 【向付】アコウ、車海老
- 【焼きもの】鮎の塩焼き
- 【煮もの】ずいきの吉野煮
- 【止め肴】瓜の白和え
- 【食事】ご飯、鰻、香の物
- 【果物】甘夏のゼリー
- 【水菓子】羊羹
各素材の質は高く、手を加えつつ活かしているところに凄味があります。
創作性が介在していないものの感動を与える料理。
尚、使用されている器も魅力的で、個性的な柄の祥瑞や古曽部焼など、目も楽しませて頂きました。
料理、空間、器の揃ったお店は名店と言って差し支えないでしょう。
車で伺ったので、ノンアルコールです(笑)
酸味に清涼感を覚え、到着早々嬉しい計らい。
鮑は鮨店で頂くようなパンチのある香り、旨味ではないものの、滋味がじんわりと広がる仕事。
先付で響く鮑の仕事と言う印象。
冬瓜の皮に刻まれた細かい包丁が印象的だった。
鱧寿司は鱧の香ばしさを感じた後に力強い香りが届く。
酢飯はほんのり甘めで、上品な味わい。
添えられた茗荷が面白く、酢漬けに昆布を利かせていた。
鱧の子のゼリーは酢橘の皮を嫌味なく使用。
ジャガイモの胡麻和えとは如何にも素朴だが、新たな発見のある味。
胡麻の風味が濃厚である点が良く、ジャガイモはシャキシャキ。
尚、敷かれている葉は、桑。
鱧が特大で驚く。
椀を口に運ぶと力強い香りが鼻孔をくすぐり、出汁の塩梅は絶妙。
塩気、旨味ともに柔らかく、秀逸なバランスの吸い地。
極めて繊細なバランスで、これは稀有なレヴェルにある。
最初は穏やかだが、頂いていると舌に旨味がどんどん広がり、恍惚の境地に誘ってくれる。
鱧の骨切りは全く問題無い。
吸い口は小さな酢橘を薄く輪切りにしており、鱧を阻害せず、清涼感を高める。
芸術的な味わいの鱧の椀であった。
椀に続いて、お造りでも驚嘆を覚える。
アコウ(標準和名、キジハタ)は軽く昆布で〆ているようだが、グルタミン酸に負けないイノシン酸の力強い旨味と甘み。
更に、快感とも言える雄々しい食感が口腔に響く。
これこそが夏の王者・アコウの魅力の一つであろう。
香りも実に芳醇。
桁外れに美味しいアコウで、頂きつつ口腔に涎が滲むほどの旨味だった。
ここまで秀逸な白身魚は、夏場、西でしか絶対に頂けないと私見。
そして、車海老の方は軽く塩を振って脱水しているように感じる。
シャクシャクした食感が気持ち良く、香りが、強い。
アコウの描写が長くなったが、車海老も申し分無く楽しめた。
アコウ用の浅葱みぞれポン酢も完成度が高かった。
高知県・安田川の鮎。
秀逸な焼き加減で、頭はカリカリ、身はふっくらと。
身は雑味の無い清らかな味わいで、旨味が強く、香りは優雅な苔の香り。
特に尻尾に近い部分の香りが印象的で、香りと旨味のバランスの良い鮎。
(余談だが、尻尾に近い部分については、魯山人は否定的なスタンスを取る)
ずいきはとろーり、シャクシャクした食感。
出汁は力強くもすっきりした味わいで、ずいきを引き立ててつつ、旨味が軽やかに残る。
甘みも程良い。
器は祥瑞であるが、一般的な祥瑞文様と異なり、面白い。
包丁が良く、実に軽妙な食感。
豆腐の風味は比較的濃厚だが、後味はサラリとしており、落ち着く。
止め椀が無く、鰻が登場して驚いた。
地物の鰻は非常に美味く、泥臭さが皆無ですっきりした脂を楽しめる。
脂はねっとりしつつも上質で、口に嫌な残り方をしない。
香りも上品。
焼き加減は身はふっくら、皮はサクサクに仕上げ、炭の香りが心地良い。
恐らく、上質な備長炭を使用されているのかと推察。
甘みの無いタレも良い塩梅で、キリッとした照り焼きと言う印象の味わい。
軽く混ぜられた山椒もアクセントになる。
そして、鰻も然る事ながら、お米が非常に美味しくて感銘を覚える。
甘みが非常に強く、強めの粘りが個性的。
産地を聞いたところ、地元の佐那河内米との事で、かつては蜂須賀氏への献上品だった模様。
上質なお米を釜で炊き、お櫃で供する。
使用している水も良いのではないか。
僕は自宅で炊飯に幾つかの器を使い分けているが、こちらのお米とご飯の炊き加減には感銘を覚えた。
鰻、お米の両方が美味しかったので、このようにして、お櫃一杯を完食しました。
自然な甘みと苦味が心地良い。
すっきりした柔らかな甘みに、サラッと滑らかな食感。
小豆の香りもふんわりと漂い、上質。
濃いめの抹茶と良く合う。
古曾部焼の器も印象深い。
心から、素敵な時間を過ごさせて頂きました。
店名:虎屋 壺中庵(とらや こちゅうあん)
食べるべき逸品:研ぎ澄まされ、凛とした岩本光治氏の料理、佐那河内米。
予算の目安:15,000円~20,000円
TEL:088-679-2305 ※完全予約制、基本的に2名以上の予約となります
住所:徳島県名東郡佐那河内村上字井開1
最寄駅:なし
営業時間:12:00~14:00、17:00~20:00
定休日:不定休
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