すしコラム No. 2 江戸前鮨とは何か?

お陰さまで前回のコラムが好評でしたので、よく聞かれるテーマについて書きます(2015年6月3日 22:23公開)。

 

鮨、寿司を語る上で当たり前のように言われる「江戸前」という単語。あまりにも一般化されているので「すし=江戸前」と思われているようですが、個人的にはそれでは片付けられず、中々奥深い概念だと思います。

 

いきなりですが、一言で「江戸前鮨が何か?」を示すならば、大前提としては「江戸前らしい鮨種を用いた握り」なのではないかと感じます。江戸前の鮨種…それは、元来の意味では江戸の真ん前にある「東京湾で獲れる魚」となります。鮨店における魚のカテゴリーを大別すると、白身、赤身、光物(青魚)、貝類、その他。

  • 白身:鮃(ヒラメ)、鰈(カレイ)、鯛(タイ)…
  • 赤身:鮪(マグロ)、鰹(カツオ)、真梶木(マカジキ)…
  • 光物:小鰭(コハダ)、鯖(サバ)、鯵(アジ)、鱚(キス)、針魚(サヨリ)…
  • 貝類:蛤(ハマグリ)、鮑(アワビ)、赤貝、ミル貝、平貝、鳥貝、青柳…
  • その他:烏賊(イカ)、穴子(アナゴ)、車海老(クルマエビ)、蝦蛄(シャコ)、海胆(ウニ)…

これらの魚介類は、もはや東京湾だけでは獲れなくなりました。気候変動や人間の経済発展に伴う魚介類の生態系の変化については真剣に考えるべき問題ですが、その反面、物流が昔とは比較にならないほど進化したため、必ずしも「江戸の前」の魚にこだわらなくても良くなったのが現在だと言えるでしょう。

 

様々な産地のタネを食べ比べ出来るというのは、もともとの「江戸前」の頃には信じられない程の贅沢です。「江戸前」という言葉は経済と物流の発展に伴い、物理的な枠組みを離れたように感じます。

 

そこで、現在における「江戸前鮨」とは何かと考えた時、僕は「狭義の江戸前鮨」「広義の江戸前鮨」が思い浮かびます。

 

まず、「狭義の江戸前鮨」とは、「シャリ(すし飯)」を何よりも大切にし、鮨種に施す「仕事」を重視し、「握り」の形で複雑な味わいを織りなす鮨。調理的、方法論的な意味合いとなります。

 

僕は、シャリ、すなわちすし飯は握りにおけるもっとも重要な要素だと考えています。シャリが美味しい鮨屋は美味しい。酢の酸味と風味、塩、甘み、硬さ、粘度、温度の組み合わせによって構成される味わいこそ、鮨職人の個性を最も表すポイントです。回転寿司や飲み寿司が増えてしまったので、シャリを意識的に食べる人は少ないかもしれませんが、ちょっと気にして食べてみると、鮨の面白さがグンと増します。

 

さらに、そのシャリに合う「仕事」を工夫することも職人さんの腕の見せどころ。「仕事」とは、〆る、漬ける、煮るといった鮨種に施す調理と調味のことですが、伝統的な「仕事」を押さえた上で、どう個性を表すかがポイントです。最近では、「熟成」が流行っておりますが、これは冷蔵技術によってもたらされた、現在の新たなる「仕事」かと思います。

 

そして、シャリと仕事を合わせ、一体化させる「握り」の技があって初めて「江戸前鮨」となるように感じます。シャリ、仕事、握りの各々の魅力については、また別の機会に書きたいと思いますが、個人的な「狭義の江戸前鮨」とは、握りという小さい料理の中に、様々な味覚や食感を凝縮し、他の料理では味わえない「一口の宇宙」を創造することなのではないかと思う次第です。

 

次に、「広義の江戸前鮨」とは何か。端的に答えると、「東京都外(=地方)で頂く江戸前鮨を含めた江戸前鮨」だと考えております。こちらは物理的な意味合いとなります。

 

従来の「江戸前の鮨種」だけでなく、地元ならではの魚介類に江戸前の「仕事」を施し、東京には無い鮨を出すお店も、現在では「江戸前鮨」と言える、と強く思います。一昔前だと、新鮮な生の魚を酢飯に乗せただけの寿司も「江戸前鮨」と言われておりましたが、最近では東京で修行された方が狭義の江戸前の技を以って地モノの魚介類の魅力を鮨の形式で伝えてくれます。地方にあって小鰭、穴子、煮蛤、玉子と言った江戸前鮨の代表的な握りを出しつつ、多様な地の魚も組み込んで、独特なストーリーを展開するお店は実に面白い。「ご当地の江戸前鮨」は自身の探求テーマの一つです。

 

同時に、シャリに気を払うお店が増えているのも嬉しい限りです。「江戸前鮨」の枠組みは拡充され、東京都以外でも種々多様な江戸前鮨を楽しむことが出来るのが、現在です。

 

以上、極めて主観的な目線で「江戸前鮨」について書かせて頂きましたが、「江戸前鮨」の魅力は長い伝統の先で、今なお進化しているところにあるように感じます。 「江戸前鮨」という言葉は時代時代で意味合いを変えるものかもしれませんが、より美味しく、より美しく進化している料理こそが「江戸前鮨」なのだと思います。

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