2016年1月にオープンされた、和歌山は紀伊田辺にて紀州食材を駆使した日本料理店。
ご主人は京都の草喰なかひがしで修行された経歴を持ち、同様の摘草料理のスタイルを採っておられます。
ただ、訪問した印象としては、草喰なかひがしとは異なる独自の世界観を構築しておられ、即ち、唯一無二の料理世界を楽しむ事が出来ると感じました。
土地が異なるので素材が異なるのは当然ですが、食材へのアプローチや料理の構成(ストーリー性)も同じではないので、なかひがしファンであっても新たな発見が目白押しかと思います。
ただでさえ修行先の調理法や料理構成に引っ張られる料理人が多いところ、個性が強い中東さんの料理を独自の観点で解釈し、自己を表現する事に成功されているのは、ご主人の卓越したセンスや意志の力を感じます。
ご主人は「まだまだ表現出来ていない」と謙遜されておられますが、決してそのような事はありません。
ご主人は名古屋出身で、南紀はフロンティアとも言える土地。
果たして今後どのように素材を開拓され、料理の形で提示されるのか…
数年先を想像するとワクワク感が止まらないお店だと感じます。
頂いた御料理は下記の通りです。
八寸
見た目の美しさは草喰なかひがし直伝!
紀州の青梅、とうもろこしと海苔のゼリー寄せ、蒟蒻、モロッコインゲンの白和え、ウツボの皮、茗荷の甘酢漬け。
とうもろこしと海苔(三重産)のゼリー寄せは意外性の有る味わい。
味付けは酸味を利かせ、そこにとうもろこしの甘みが加わり、何よりも海苔の清涼感の有る香りが心地良い。
蒟蒻にまぶされたピーナッツや白和えの甘みなどがじわじわと食欲を刺激し、ウツボの皮や青梅などは南紀の風情を感じさせてくれる嬉しき計らい。
時期を変えてウツボの身を使った料理も頂いてみたくなる。
ウツボは高知で頂き素材の魅力、潜在力を強く実感したので。
お造り
地物の鱧と本鮪(那智勝浦産)のトロ。
鱧の落としは甘み、香りがしっかりとあり、美味。
梅肉餡も主張し過ぎず良い塩梅。
鮪は勝浦ならではの清々しい酸味を楽しめ、コクもある。
(ちなみに、敷いてあるのはイタドリ)
焼きもの
コショウダイ、三竹(サンチク)、水芹の湯葉巻き。
コショウダイは脂の乗りが良く、それでいてサラッとした脂の質。
特有の香りと力強い繊維質も楽しめる。
三竹はカリッ、シャクッと弾けた後、心地良い苦味が漂い、実に魅力的。
調理前の状態を見せて頂いたが、背丈の割に可食部は少なく、なんて贅沢な素材…
水芹の湯葉巻きは非常に高度な逸品。
噛み締めた瞬間に水芹の香りがじゅわっとほとばしり、苦味が溢れ出た後に湯葉(大豆)の甘みが包み込み、炙られた醤油の香ばしい風味が余韻を楽しませる。
実にバランスが良い。
あしらいの葉っぱはカキドオシで、シソ科だが紫蘇よりも強い香りがある。
正しく和製ハーブと言えるフレイバー。
椀
鱧の子、山蕗の真薯、唐墨。
非常に面白い食材の組み合わせで、創作的な椀。
鯛の子ではなく鱧の子を使用しており、鯛よりもしっとりした食感。
昆布を比較的強めに利かせた吸い地だが、蕗の香りを活かしている。
唐墨がアクセントとなるところも面白い。
力強く、素材の個性を提示する椀。
鱧の焼き落とし
一人での訪問であったが、眼前に用意される水コンロ。
カンカンに熱せられた炭で、肉厚な鱧を焼く悦び。
まずは一切れ…いやあ、思わずニヤけてしまう程の味わいでした。絶品!
ふくよかな甘みがこれでもかと広がり、深く蠱惑的な香りが炸裂する。
徹底的に旨い脂なのに爽やかなのが、鱧の妙味。
自家製の柚子ポン酢も程良い甘み(味醂由来)で鱧との相性が抜群。
素晴らしい素材を仕入れた上で、適切な自家製調味料を用意される料理人は意外と少ないもの。
人によっては「シンプル過ぎる調理」乃至「素材の勝利」とでも感じるかもしれないが、決してそんな事は無く、実際は高度な調理だと個人的には思う。
火入れは個々人でうるさいものですし。
また、ご当地椎茸の龍神マッシュも風味豊かで旨味が強い。
トリ貝
ご主人が好きだと言うトリ貝。
トリ貝の旨味も然る事ながら、茗荷筍(ミョウガダケ)を合わせているところが面白い。
香りは茗荷だけど食感が力強く、甘みを利かせた酢味噌に苦味が合致する。
紀州野菜の炊き合わせ
紀州うめどりの胸肉、優糖星(ミニトマト)、茄子の焼き浸し、青南蛮、若芽。
変わり種の炊き合わせ。
個々の素材のクオリティに加えて、カボチャのソース、これが秀逸。
得てして前面に出がちなカボチャの風味が上手くコントロールされており、炊き「合わせ」たらしめる事に奏功している。
優糖星は味噌に漬けているそうで、茄子ともども一仕事がある。
地物野菜の力強さ、存在感を提示する。
揚げもの
赤車海老(アカシャエビ)、新牛蒡、オクラのかき揚げ。
アカシャエビは小さなボディながらに風味が実に強い。
更には、オクラのとろみがその印象を深める。
牛蒡の食感と野趣をアクセントにしており、食べ応えの有る逸品に仕上げている。
ご飯
淡竹(ハチク)の炊き込み。
ご飯は「おくどさん」を用い、土鍋で炊かれており、嬉しい。
ここにもなかひがしのエッセンスが。
ハチクの柔らかくもシャキシャキした食感が心地良い。
筍とは異なる香りを感じるが、内在する香りが弱い為に木ノ芽を多めに使用されている模様。
強めの味付けは申し分無し。
お焦げもバッチリ楽しめ、あっという間に平らげてしまう。
香の物には、焼きもので頂いた三竹を生で供されており、蕗味噌と共に頂く。
水もの
苺、野生のさくらんぼ、ヨモギのシャーベット。
野生のさくらんぼは珍しいのではないでしょうか?
ヨモギのシャーベットは個人的にはもっと甘みを排除しても良いように感じましたが、さくらんぼや苺の酸味と合わせると、バランス良く、爽やかに〆る事となりました。
都会の人気店では「素材のクオリティ」や「素材のブランド」が重要視されておりますが、
個人的にはどちらも興味無し(純粋な産地や素材ごとの旬には常々興味がありますが)。
結局のところ、自分にとって一番重要なのは料理人が織りなす世界観なのです。
一級食材を振り回す料理人よりも、然るべき素材を己の感性で選び、今までに「無い料理」を作り出す料理人を応援したい次第です。
店名:召膳 無苦庵(しぜん むくあん)
食べるべき逸品:知られざる紀州食材を活かす唯一無二の雲井料理
予算の目安:昼1,200円、1,500円、夜・要相談
当ブログの内容は15,000円となり、県外から訪問される方は1万円以上がベターかと!
最寄駅:紀伊田辺駅から500m
TEL:0739-26-5600
住所:和歌山県田辺市高雄2-16-30
営業時間:昼11:30~、夜17:30~ ※昼は廉価なランチメニューを提供されておりますが、真骨頂は夜
定休日:不定休
本記事のリンクには広告がふくまれています。