引き締まった空気が熱を帯びるには、さして時間は必要なかった。
酒肴が終わり「握りに入ります」と中原親方が宣言した瞬間、お客の談笑は止み、店内を静寂が包む。
厳かな儀式が始まる前のようであったが、すぐに談笑は戻り、不思議と初対面のお客たちは打ち解けた。
久々に鮨店で感じる心地よい緊張感であり、親方との真剣勝負が始まるんだと言う期待感が高まらずにはいられなかった。
こちらを初めて訪問したのは3年前だ。
長いとも言えるし短いとも言える。
しかし、最初の一品を頂いて、経過した時間の重みを感じた。
数品頂いた時には、流れゆく刻に流されない親方の職人としての矜持を感じた。
最初の一品は、魚の出汁に自らのシャリ玉を放った椀だ。
魚と酢飯。
鮨における生命線の2要素に変化を加えて料理に落とし込んだ粋な先付だ。
かつてよりも洗練されていながら力強い旨味に満ち溢れており、酢飯の酸味が味を引き締める。
手数を掛けずして手が込んでいる。
このバランス感覚は、鮨店の酒肴として重要だ。
その後の酒肴も決して行き過ぎておらず、鮨店で味わう料理の範疇を出ていない。
食材の取り合わせ、味付けの塩梅、盛り付け、その全てが秀逸。
総じてオリジナリティがあり、現代的な感性に満ちているが、同時にクラシカルな印象も受ける酒肴たちである。
冒頭の椀で葛を用いなくなった点や、酒肴の盛り合わせを止められるなど、料理個々にも全体の流れにも工夫を感じた。
そして、握り。
以前よりも塩気が穏やかになったのではなかろうか。
手返しの速度と精度は上げられており、掌で踊るように鮨が握られる。
端正な味の酢飯を切り、凛々しく酢飯を「舎利」たらしめる。
この3年、親方の評価は高まり定着し、熊本を代表する名店となった筈だ。
しかし、名声に胡座をかくことは決して無く、たゆまぬ努力を重ねておられるのは、すぐに判った。
職人とは、技術を集積させ精度を上げ個性に昇華させるもの。
言うは易く行うは難きことを実践されている点に親方の鮨職人としてのセンスを感じた次第だ。
センスとは技術だと思われがちだが、実際は感覚に規定される。
技術があり時代の寵児となったとしても、ひとたび慢心すれば技術は本質的な個性まで至らずして潰えるものだ。
そして、時流とは残酷なもので、他に移ろい一時賛辞を放ったお客は離れてゆく。
離れていった時に、人は慢心を後悔する。
慢心せず、技術と同時に感覚を磨いている職人に出会うと、否応なしに昂ぶるものだろう。
この度頂いたお酒(各1,000円)
花の香・和水純米大吟醸、亀萬・九号酵母純米吟醸、産山村・純米吟醸 無濾過生
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鮨仙八さんのおまかせの詳細
先付
前述の椀。
3年前でも「定番」と仰っていたが、それを進化させているのは凄い事。
鮃
肝醤油と共に。鮃自体の旨味も強いが、肝が旨味を更に引き立て香りも加える。
白魚の酒蒸し
白魚は八代産で、桜の葉の上に乗せて蒸されている。
よって、桜の穏やかな香りがふんわり漂い、待ち焦がれる春の木漏れ日を思わせる。
添えられた真珠貝の干し貝柱、菜の花も味覚や香りで魅力を高める。
太刀魚、蕗の薹味噌、蕗の葉
創作的ながら上品にまとめられた逸品。
太刀魚に火を入れずに提供し、初春の香りと届ける感覚が、好きだ。
脂をたたえた太刀魚、それを苦味と香りに満ちた蕗の薹が主客転倒しそうでしない。
白海松貝の一夜干し、肝ソース
海松貝=ミルクイとは異なる白海松貝=ナミガイであるが、良い活かし方だ。
海松貝であっても肝は使われない事が多いので、巧い、と感じる。
独特に匂いや苦味は無くバランシングされている。
セレベスのから揚げ、天草の新物アオサ
セレベスは海老出汁で炊いているそうで、旨味と香りが良く、食感は柔らかい。
冬の時期、芋の旨味は格別。
それに熊本らしさを加えている。
ガリ
塩気と辛味が来て、酸味を感じる。
甘みは排除されている。
過去と切りつけが異なるが、味の方向性は同じ。
アオリイカ
ほぼペーストのような食感で、ひとえに甘みの権化!
アオリイカは食感よりも甘みが優先されるイカであるので、これは良い。
恐らく寝かしているのだろうと推測。
タネのインパクトが大きいものの、実際はシャリを感じさせる名刺代わりの一貫目であろう。
レンコダイ
春子。しっとりした身はとろりとほどけ、甘みと香りがある。
鯖
肉厚なのにホロッととろけ、酸味を感じさせる〆加減。
鰯
脂の乗った鰯に酸味を強く利かせて〆、
握る前にシャリを交換して温度を調整されている。
脂の多いタネに高温のシャリを合わせる方法論は、東京で近年定着した手法。
それを採り入れ自家薬籠中とされている点に刮目した次第。
赤貝
スッキリ味の赤貝。
込み上げてくる余韻で攻める味。
鰆
玉葱醤油漬けと言う変化球。
しかし、一体感は高く、嫌味無し。
玉葱の香りが後味を引き締める。
鮪中トロ
脂の乗った中トロで、香りと酸味は穏やかなので、シャリの味が補って活かす。
鮪の頭の燻製漬け
更に美味しくなっていてパンチがあり、後半戦に相応しい一貫。
藁炙りのスモーキーフレイバーが鼻孔をくすぐり、脂がしっかりなので食べごたえは抜群。
車海老
肉厚で、茹で置きながら力強い甘み。
海老味噌も噛ましており、美味い。
海胆軍艦
海苔は薄めのものであるが、香りが強くて印象に残る。
海胆も甘い。
赤出汁
穴子
肉厚でふんわり。煮ツメも濃厚で良い(恐らく過去よりも)。
玉子
しっとりした食感で、表面の皮が香ばしい。
お会計総額からお酒の価格を引くと、16,200円。
過去に比べてお値段が上がっているものの、それでも満足度は抜群だ。
絶対額云々ではなく、純粋な味わいとして代金に見合っている。
使用する魚に意識的で、仕事も研究されている点が魅力。
熊本は福岡に続いて、鮨店が増加する事も予想されるが、今の方向性であれば問題無いだろう。
精進して頂きたいと心より感じた。
鮨 仙八さんのお店の情報
店名:鮨 仙八(すし せんぱち)
シャリの特徴:赤酢を用い、酢が立ち、塩気は程々。米粒のほどけ加減が抜群。
予算の目安:16,000円〜
最寄駅:花畑町駅から190m
TEL:096-322-9955
住所:熊本県熊本市中央区花畑町13-24 花畑ビルBF
営業時間:月~木18:00~23:00、金・土11:30〜13:30、一部18:00~20:00、二部20:20~
定休日:日曜、祝日